自由と自己責任

これは万人向けです。

自由と自己責任は表裏一体という話をします。わたしは自由であることが好きですので、私の主観からものをいっていることを最初に注意しておきます

医局にはいったものの自分の人生を自分できめることをこころにきめています。それと同時に自分の人生が自己責任できめなければならないということをしめしています。医局にはいると人事を医局にきめられます。しかし、それを選択したのは自分という考えが自由であるために必要です。つまり、医局に人事をしてもらうことをとりあえず今は自分の選択であるということです。長期的に医局にいることがデメリットになるならば医局からでるべきだとおもっています。自分の人生をだれかにゆだねるのは危険なことだからです。ひとつはもしもそのだれかが、あなたのことをまったくかんがえていなければ、将来のことを考えてくれないでしょう。もうひとつは、うまくいかなかったときに失敗を他人のせいにして前にすすめないためです。失敗して前にすすむためにも自分で自分の人生を決めるべきだとおもいます。

一般に自由でないことに文句をいうひとが多いですが、実際は自由には自己責任というものがともなうため、なにかと面倒なことが多いです。ほんとに自由がいいならみんな自営業するでしょうし、自分で責任がとりたくないために不自由を望むのです。

たとえば日本や一部のヨーロッパの国では国民健康保険がありますが、アメリカでは医療保険にはいるかはいらないかは患者さんの自由です。そして、どの保険を選ぶかは、個人に委ねられます。信じられないほどの数の会社そして、各々会社が百種以上の保険をうっています。医師も患者さんがいくら払うかまったくわかりません。複雑すぎるからでしょう。これは自由であり、自己責任であることが、あまりうれしくない例のひとつです。

年金にかんしても、自分でやりくりしろといわれるとほんとに大変だから、みんな国の年金制度にのるわけです。自分年金をつくろうとすると、実際は大金をもたなければならないことになるからです。不満はあっても、それを自分でえらんでいるわけです。

不自由というのは本当は楽チンなことが多いです。楽チンを望むのかどうか、ときどきたちどまって、考えたほうがいいのでしょうね。

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